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  • 「島崎城慕情しまざきぼじょう」 城跡保全活動応援ソングを作成しました。

    「島崎城慕情・しまざきぼじょう」城跡保全活動応援ソングを作成しました。会員にCD・DVDを配布予定です。島崎城慕情しまざきぼじょう島崎城跡保全活動応援ソング茨城県潮来市の地域ボランティア「島崎城跡を守る会」の活動応援ソング。youtube#video島崎城慕情カラオケしまざきぼじょうカラオケ島崎城跡保全活動の応援ソング茨城県潮来市の地域ボランティア「島崎城跡を守る会」の活動応援ソング。youtube#video「島崎城慕情しまざきぼじょう」城跡保全活動応援ソングを作成しました。

    島崎城跡守る会事務局

    「島崎城跡を守る会」茨城県潮来市に残る、室町時代中期に築城された島崎城跡の環境整備ボランティア活動記録。

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  • 「島崎盛衰記」常陽新聞掲載記事の紹介

    約30年前に茨城県南部地域を中心に発行された地方紙「常陽新聞に掲載された記事を紹介します。【島崎盛衰記その5】佐竹との縁組承知島崎逆臣の奸計に乗る佐竹義宣は、すきをみて島崎を押倒し、行方郡をうばい、常陸一族をわがものにしようと、あれこれ思慮にふけっていた。このころ、島﨑の幕下に小貫大蔵という武将がいた。幕下とはいっても、元来が藩代の臣でないから、欲をだした。佐竹の後世より先に島崎を倒し、佐竹にとりいれば過分の恩賞にあずかれると考え、これを義宣に伝えた。行方攻略はいかにと思案していた義宣にとって、大蔵の申し入れは「渡りに船」。早速、諸将を集めて密議をこらしたことはいうまでもない。小貫大蔵、佐竹義宣と体面のこと━大蔵は病気といつわって出仕をのばし、ある夜ひそかに用意を整え、腹心の島崎三、四人をつれた常陸太田へ向い、...「島崎盛衰記」常陽新聞掲載記事の紹介

    島崎城跡守る会事務局

    「島崎城跡を守る会」茨城県潮来市に残る、室町時代中期に築城された島崎城跡の環境整備ボランティア活動記録。

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