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  • 島崎城跡発掘調査報告書Ⅰ」総括

    昭和62年(1987)に発行されました「島崎城跡発掘調査報告書」の内容を抜萃して紹介します。第V篇総括以上が昭和61年度,島崎城第1次・第2次調査の成果である。昭和62年度以降の継続調査への課題を含め、今次調査の主だった成果をまとめ,総括としたい。まず測量成果からみた現状の島崎城は、 ○御札神社境内となっているため、きわめて保存状況が良いこと。今後,県指定史跡なり,国指定史跡として,保存策定と整備計画を行うべきである。〇城郭は内城(I・II・馬出・わめて保存状況が良いこと。今後,県指定史跡なり,国指定史跡として,保存策定と整備計画を行うべきである。水の手各曲輪),中城(Ⅲ・越前曲輪),外城(外曲輪・古宿台地上)と大別でき、連郭式縄張であること。○築城技法は,角馬出や姉形虎口を用いて虎口を堅め、大手口より1曲輪へ...島崎城跡発掘調査報告書Ⅰ」総括

    島崎城跡守る会事務局

    「島崎城跡を守る会」茨城県潮来市に残る、室町時代中期に築城された島崎城跡の環境整備ボランティア活動記録。

  • 石塔群(供養塔類)集積遺敷構について 「島崎城跡発掘調査報告」より

    「島崎城跡発掘調査報告書Ⅱ」より石塔群集積遺構についての記載を紹介します。 【石塔群集積敷遺構】Ⅰ曲輪北側に通称「御鐘(おかね)台(だい)」と呼ばれる櫓台もしくは大規模土塁がある。 御札神社社殿・本殿を昭和55年(1980)に改修した折、中央部を資材運搬のため、ブルトーザーにて拡幅し、崩した土砂を北側の堀切りに埋め立て、現状のようになっている。第2次調査の折、この拡幅道左右の東側を削りセクション面の測量にあたることとした。思いがけず、セクション面検出のため基底部を掘り下げたところ、石塔が並べられている遺構が発見された。その出土状況は、「島崎城Ⅰ」で述べた通りである。今次調査では、この石塔群の埋没状況と遺構性格を解明するため、御鐘台の現状遺構を保存するため、敷部のみ、現状に掘り貫くこととして作業にあたった。発掘調...石塔群(供養塔類)集積遺敷構について「島崎城跡発掘調査報告」より

    島崎城跡守る会事務局

    「島崎城跡を守る会」茨城県潮来市に残る、室町時代中期に築城された島崎城跡の環境整備ボランティア活動記録。

  • 島崎城跡発掘調査報告書」島崎城の構造―小括

    昭和62年(1987)に発行されました「島崎城跡発掘調査報告書」の内容を抜萃して紹介します。島崎城の構造小括島崎城は標高28~30mの行方台地の南先端部に位置し,中世・戦国期の丘城の典型である空堀・土塁を幾重にもめぐらす構造である。城郭域は、大きく内城・中城・外城の各地区に分けられる。内城は,1曲輪・東西の1曲輪を含めた空堀〈4〉に区画された南側台地上で、近世でいう本丸・二の丸に相当する。内城域には,馬出を用いた優れた虎口防禦の築城遺構と大井戸が含まれる。内城域と中城域の中間は空堀〈4〉と物見台さらに空堀〈5〉からなる緩衝地帯があり,大手口方向の谷間にある腰曲輪・古屋曲輪も,緩衝地帯に入る。中城域は皿曲輪および越前曲輪等からなり、空堀〈5〉,堀〈7〉によって区画される。近世でいう三の丸に相当する。表1.主要曲輪...島崎城跡発掘調査報告書」島崎城の構造―小括

    島崎城跡守る会事務局

    「島崎城跡を守る会」茨城県潮来市に残る、室町時代中期に築城された島崎城跡の環境整備ボランティア活動記録。

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