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    特別投稿論文 【新皇将門】 茨城県神栖市 森田衛氏投稿 第9節

    茨城県神栖市在住の森田衛氏より、平将門の研究論文を投稿頂きました。今回、13回シリーズの第9節を掲載致します。第9節:将門の羽鳥攻め新皇将門⑨(常世の国の夢を追い求め、純粋に突き進んだ男の生涯)将門の羽鳥攻め承平7年(937年)10月1ヶ月ほど経つと将門の病気も良くなってきた。将門は卑劣な良兼を何としても討って「君の御前や子供達ち」の恨みを晴らさねばと千八百人の兵を動員して平良兼の館「羽鳥の館(桜川市真壁町羽鳥)」を目指した。なお、七百の兵を石井の営所に残して、弟たちには留守を頼んだ。将門の軍が真壁郷に入ると、将門は兵たちに「良兼伯父や源護に与力する郎党の舎宅は全部焼け、抵抗する者はたとえ農民でも殺せ。」と命じた。そして「暴行、略奪は思いのままにせよ。」と告げた。そのくらいの事をやらなければ飯沼(猿島郡葦...特別投稿論文【新皇将門】茨城県神栖市森田衛氏投稿第9節

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  • 江戸時代の霞ケ浦と周辺村落

    行方市麻生郷土文化研究会講演会法政大学名誉教授根崎光男先生はじめに霞ケ浦の東岸に位置づく行方の地は、美しい景観と肥沃な大地が持ち味であり、私たちの祖先は古代以来現在にいたるまで、そのもとできまざまな歴史・文化を築き、多くの遺跡・史跡・古文書・石造物を残してきた。その一つ二つが重要な歴史の痕跡であり、私たちにはそうした歴史資源を未来に伝えていく責務がある。ところで、歴史を調べていくと、人々の暮らしや文化をひもとくことができる。それによって、地域の風土や歴史を明らかにし、それを語り継ぎながら未来を切り開いていく必要があると考える。今回は、行方の地を代表する霞ケ浦(北浦)とその周辺村落で展開した歴史を中心に、人々がどのように生きる道を選択して地域をつくってきたのかを考えてみたいと思います。1.行方地域の江戸時代...江戸時代の霞ケ浦と周辺村落

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